とっちらかんと

~迷子の寄り道~

【悪夢】引き戻す力の強さ。

ものすごく嫌な夢を見て目を覚ました時。既に目が覚めている事を自覚しているのに、心臓の辺りがぎゅ~っと苦しくなって、ドクドクと不気味なくらいの音が響く恐怖に襲われ、身体が強張って呆然とした状態が続くことがあります。普段から夢見が悪いわけではなく、夢を覚えていること自体まれですが、それでも時折起こります。

先日見たのは、現実で関わった人物が登場していて、昔の自分なら確かにこんな状況になってしまった可能性があったかもしれないな~という、妙にリアルな悪夢。

夢の途中、「これは夢だ」と自分を起こそうとした事も覚えていますが、登場人物たちによって引き戻されます。悪夢自体がトリガーになるのか、そんな夢を見ると数日は調子が悪く、夢見も悪くなるのだから始末に負えません。目が覚めたら終わり、とはいかないのがツラい。

体調が悪い時には悪夢を見る事が多いようですが、それだけで流すのもな~。時々、なんとなく気になった場合には『夢占い』など調べてみたりしますが、夢に意味を求めてしまうのは、そうでもしないと流せないほどの苦しさなんかが蓄積していたりするのかな。それとも、自分にとっては意味があると信じたい理由があるのかな。

【Lost Odyssey】不死者の辛いところ。Day44

ただ眠っているだけのような妙に美しく見えるリルムを乗せ、スムーズに沖へと進んでゆくゴンドラを見送りました。ゴンドラの後を追いかけると、見えなくなるまで見送るクックとマック。リルムのゴンドラを追うクックとマックどれくらい経ったのか、参列者たちが各々帰路につき始めると、クックがマックに話しかけます。泣くと思っていたマックが、お葬式が始まってから涙を流さない様子に驚いているようでした。マックも、自分自身の異様なほどの冷静さに驚いています。 そこへカイムがやってきて、リルムは幸せだったか2人に問います。 顔を見合わせる2人でしたが、「幸せだったよ」と、クック。リルムは幸せだったか問うカイムに答えるクック「お父さんも、とってもいい人だった」と続けられた言葉が、数少ないリルムの旦那さんについての描写。ここでは、「女王様も、いっぱい助けてくれたし・・・」という言葉が印象的だったのですが、それほどまでに民との距離が近いという、文字通りの意味なのかな。どちらにしても、何かを恨む方に心が向いていないのが救いにも思えます。段々と涙がこみ上げ、ついに俯いてしまうクック話しながら段々と涙がこみ上げ、俯いてしまうクック。するとマックが、カイムとおばあちゃんにリルムはずっと会いたがっていた、と続けます。マックは純粋に母親の事をカイムに教えたのだと思いますが、それを聞いて、カイムもこの表情です。言葉にできないカイムの表情と、純粋な子供達カイムが涙を流さないことに言及するクックも、責めるような気持ちではないんだろうな・・・でも、たぶん私もカイムと同じような表情で画面を観ていた気がする。 「カイム、強いね」という、マックの真っ直ぐな受け取り方が妙に苦しいのですが、カイムについて、『不死身で無敵』と、生前のリルムから聞いていたからこその解釈でした。

ここは、更に世界観に疑問を感じる部分となったのですが、『千年女王』であるミンが居るヌマラだけが特殊なのか、一部の人間だけが知っている国や、都市伝説のように噂される国があったりとか、『不死者』の存在に関する認識がどうなっているのかがいまいちわかりません。寂しげな表情でマックの真っ直ぐな言葉に耳を傾けるカイムカイムが不死者であることをマックが「すごい」と言うのを、寂しげな表情で聞いていたカイムは、意外にもすぐに「そうでもないさ」と答えます。クックもマックも素直にカイムに疑問をぶつけますが、カイムもしっかり向き合っているのがとても良い。

不思議ですよね、私達が生きる事に執着してしまうのは命に期限があるからなのかな。いつもロストオデッセイの記事でリンクを貼っている『永遠を旅する者』を読んだ時にも感じたのですが、何度も大事な人の死を見送るというのは、何度も孤独になるような、何度もリセットされるような、生きながらに賽の河原におかれるようなものかもしれない。ちなみに、この本はゲームを進めると全て読む事ができるカイムの記憶をまとめたものかと思うのですが、私はフライングしました。短編集として面白いので、ゲームを知らない方にもおススメ。

カイムの話を聞いたクックとマックの反応の違いも面白かったのですが、ぽろぽろ零れる涙は止まらなくても、「強くなりたい」と言うマックの強さを感じます。強くなりたいと言うマックの強さその時、萎れてしまっていたテンダーフォーナが息を吹き返します。 「お母さんが近くに居て、願いを聞いてくれた」と言い始めるマックをクックが宥めるのですが、そう思いたいマックの気持ちもわかる。この2人は対極のような描写が多いからか、バランスが良い印象。お母さんが願いを聞いてくれたと言うマックこのシーンでは、言葉少なでも、クックとマックに伝えようとするカイムの表情やらが良かった。そもそも、言葉にできる事ばかりではありませんよね。リルムの事だって、2度も娘を亡くしているのだから辛くないわけがないもの。

言語化言語化とよく言われるようになりましたが、言葉にできれば良いというものでもなければ、言葉にできる事ばかりでもないと思っちゃう。状況や立場など様々な要因で異なるとは思いますが、単純に『言語化』と考えるとね。それでも、伝える事を放棄したわけではないカイムのように、要所要所で伝えていけば、いつかそのピースが形になって、誰かに何かが伝わるかもしれないなと、なんとなく希望のようなものも感じます。リルムに最後の挨拶をするように最後に海へと視線をやるカイムタイトル:ロストオデッセイ

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【WILLCOM】懐かしき広告をロストオデッセイ目的で購入した古い雑誌に見つける。

そういえば、スマートフォン本体を購入してからそう経たずに楽天モバイルの契約もしました。目的がLINEの新しいアカウント取得で、主にPCでLINEを使うせいでスマートフォンを使う機会はほぼありませんが、風邪で寝込んだ時には便利でした。

本来はLINE自体を使いたくないのですが、考えられる不便があったため致し方なし。どうにかならないのかな、ほんと・・・さて、オンラインなどでの契約方法もあるようでしたが、初めてのキャリアということもあり、私達は電器屋さんの店頭へ。印象的だったのは『電話番号の決まり方』

私は有料で番号を選択する事にしました。まずは下4桁を自分で選び、その数字を選んだ場合に選択可能な真ん中の4桁が、店員さんから渡された端末に幾つも表示されます。気に入った番号が出るまで何度でも繰り返し検索可能で、自分の好みに沿った数字を選べる可能性の高い方法かと思います。店員さんによると、相当時間をかける方もいるそうですが、混んでいない状況でないと迷惑になりそうではありますよね。私が行った時は空いていたのでラッキーでした。数字に意味を感じる方には相性が良いようです。

プラン自体もシンプルで、わからない事があったら質問しようと思って聞いていましたが、「電話をかけてくる相手が他のキャリアでも料金が発生しないという認識で合っていますか?」だかなんだか、旦那さんが電話を寄こした場合に関係しそうな点に関して質問しただけで、スムーズに終了しました。アプリで会話するようなものがあるらしいのですが、旦那さんとのLINEチャットに使用するだけの私には関係のない話でした。

今でこそ通話無料が普通ですが、以前は通話料金がかかっていたので、WILLCOMという通話無料に特化したキャリアもありました。プランの詳細などは覚えていませんが、一時的に遠距離になったこともあって、私と旦那さんも利用していました。

なぜここで WILLCOM かというと、ロストオデッセイの記事に貼るリンクを探している時に見つけて、特集目的で購入したSWITCH VOL.25 NO.12の中に、購入した『SWITCH VOL.25 NO.12』2007年の。WILLCOMの広告が載っていて、旦那さんとの思い出話に花が咲いたのでした。

私達がWILLCOMを利用し始めたのはこの雑誌の頃から何年も後なのですが、最初に使ったのは画像右下、右から2番目の機種のような気もします。そんなに何年も同じ機種が残っていたのか疑問ですが、パッと見では似ています。良い意味で、おもちゃみたいな機種ばかりだった印象が残っています。2007年の雑誌に載っていたWILLCOMの広告プライベートで2台持ちすることに拒否反応があった私のせいで、契約するまでに時間がかかって大変だったな~。旦那さんとは関係のない話なのですが、旦那さんと知り合う前の相手に携帯を持たされて非常に不快だった経験があり、『2台持ち』という行為自体に嫌悪感がリンクしていたんですよね。 契約するまでの不便さと、あの頃の自分の頭の固さが、今では笑い話として話せるようになっていました。

しかも、もう処分したと思っていたWILLCOMで使っていた機種を、なんと旦那さんが保存していました。機種変更を挟んで、解約時に使っていた京セラの機種です。旦那さんが保存していたことが判明した、機種変更して最後に使っていたWILLCOMこれを旦那さんがまだ持っていたのには驚きましたが、私があまり物を欲しがらないうえ、フォビアのようなものがあるらしくてアクセサリーの類も受け付けなかったりするので、思い出のある物は内緒で幾つか取っておいているようです。私に確認したら「捨てろ」と言われると思って隠していたみたいで、箱の中からは歴代のスマホなど色々出て来て、驚愕というより若干の呆れが・・・

それでも、今年も見事に結婚記念日を忘れていた事に感じている申し訳なさに拍車をかけるように、物持ちの良さを発揮して見せつける旦那さんのファインプレーでした。

【寝込む準備】発熱を予感してからの記録。

先日ひいた風邪ですが、幾つかの症状が長引いていて微妙な体調の悪さが続き、熱までぶり返しました。長すぎやしませんか・・・もうすぐ1か月ですよ。でも、こんなに分かり易い風邪をひくというのも滅多にない事なので、異変を感じた時から始めた『寝込む準備』の流れをノートに書いておいたものを記録してみようかと思います。

症状の流れは、身体の動かしづらさ→数日後に皮膚ヒリヒリ→39℃越え→2日で微熱程度に下がるも続き、咳が始まる→咳の衝撃や横になりっぱなしが原因と思われる腰痛発生→安静気味に過ごしていたのに再び38℃前後の発熱(今)。 今思えば、なんとなく感じた動きづらさこそが一番最初の前兆だったと思いますが、ほとんど気にしませんでした。

それにしても、皮膚のヒリヒリを感じた時点ですぐに準備を始めた自分にも、意外にもテキパキと動けたことにも驚きました。

【寝込む準備の色々】

  • シャワー
  • 洗濯
  • ちょっとした掃除
  • 自主隔離用の寝床準備
  • 数日分の着替えや手ぬぐいなど準備
  • 災害用備蓄から物資調達

まずはシャワー。数日寝込んだ場合のことを考えて、動けるうちに済ませました。

次は、この時点であった洗濯物を全て洗濯。洗濯機が働いてくれている間に、ちょっとした掃除を大急ぎで片付けました。

それから寝床。我が家では、どちらが体調を崩しても旦那さんを寝室に残して私が別室に移るのですが、今回も同様。色々と都合が良い、一緒に暮らすうちに落ち着いた方法です。私は普段からヨガマットの上に寝袋やらで寝ているので、運ぶのが楽で有難い。枕元には、数日分の着替えや手ぬぐいなども準備。

加えて、災害用備蓄からの物資調達。水、粉末ポカリスウェット、ティッシュ、匂いが漏れないごみ袋、薄手の使い捨てビニール手袋、のど飴、冷えピタ子供用・・・くらいだったかな。ごみ袋とビニール手袋は使いませんでしたが、嘔吐などあった場合を考えて一応の準備でした。私自身は嘔吐恐怖症を疑っているのですが、もしもの為に。ちなみに、冷えピタは子供用の方がお気に入り。

今回特に有難かったのは、食事関係の心配が要らなかったこと。旦那さんが元気だったので、「冷凍食品とかゼリーとか色々試してみよ~」と色々買って来てくれました。いつものネットスーパーも利用しましたが、どうしても商品が限られるので、旦那さんセレクトの商品の多さは有難かったです。元気だったら写真でも撮っておきたかったくらいの商品の数々で、お気に入りを探す良い機会になり、結局食べなかったお粥なんかは、日持ちの良さもあって備蓄の仲間入りを果たしました。

味覚も嗅覚も若干弱まっていたものの、高熱でも食欲は全く落ちず、ひたすら赤身のお肉が食べたい日々でした。熱が高い間の水分は、粉末ポカリに頼り切り。本来は1Lに溶かすところを、700mlのゼロコーラのボトルを使って1袋を水に溶いて原液を作り、氷でうめる方式を採用。少しづつ薄まっていくし、薄くなり過ぎたら原液を足すというふうにしました。我が家では、5袋だけ備蓄に入れているのですが、今回使い切った分を早急に買い足しました。

滅多にない寝込むという状況で、知らないうちに眠ってしまったりするせいでリズムがおかしくなり、熱が微熱あたりまで下がるまでは不思議な心地。汗をかいて目を覚まして着替えたら、さっきまでお昼だったはずがもう夜中だった時には、実際には相当眠れているはずなのに、メンタルを壊して眠れなくなった頃を思い出しました。これをきっかけにフラッシュバックが始まり、何もできずに横になっている状態で1人耐え続けたのはツラかった・・・。

それでも、有難いことに頑丈で、メンタルの不調が原因になったものや怪我以外で不調に見舞われることも少ない私にしては、なかなかうまく対処できたと思っています。

ただ1つ、調理待ちだった食材ほとんど全てをダメにしてしまいました。急な事でどうしようもなかったのですが、なんとも心苦しくてどうしようもなくしんどい。

冒頭で書いた通り、熱がぶり返して現在も1日の多くを寝て過ごしているせいで、せっかく修正に集中しやすい投稿頻度になったというのにほぼ進めることができず・・・そもそも、どうやって365日も投稿を継続できたんだろうと、疑問に感じるくらいの気持ちになっています。

【Lost Odyssey】マックが繋ぐ『断ち切る勇気』Day43

クックとカイムが分担して『見送り』の準備を終えましたが、自分も何かしたいマックの行動をきっかけにして、会ったばかりの孫と祖父の距離が近づいたり、それぞれがリルムを想う気持ちで繋がっている事を確認するような、優しい時間でした。『見送り』自体は、海辺の街でこそ根差した美しい儀式という印象で、『FF X』の異界送りを思い出しました。召喚士が祈り舞う儀式は『召喚士頼み』のようにも感じられますが、そう思わせる描写を多く含む必要があったストーリーでした。対してこちらは、『親しいみんなで送る会』という色が強い。どちらも、残された人達の心を救う側面が強いのかな。 ゲームでなくても、文化や宗教による違いは興味深く感じますが、死後の世界に関する考え方の違いが大きく影響しそう。ここでは、『死者は海に帰る』という考えで、死者はこんなふうにゴンドラに横たわらせられ、白い花で飾りつけられます。船に横たわり、白い花で飾りつけられたリルムゴンドラには、残された人達と亡きリルムを繋ぐ象徴として、テープが幾重にもかけられています。テープの束はカイムが引き受けるのですが、死者が旅立てるようにこの繋がりを断ち切るのが、残された人達の最後の役目ということです。全体的にはこんな雰囲気。矢印の先にそれぞれテープが渡されています。リルムの葬儀の全体的な雰囲気これは、冠婚葬祭のセレモニーを重要とは思えない私にも分かり易い。作品の中では、現実では勝手に付きまとう『お付き合い』が削がれていて、参列者たちの心が故人を向いているように描かれているからかな。

1つだけ見える松明の炎を持っているのはマック。この炎は『断ち切る勇気』。マックによって移し灯される松明の炎で、参列者自身がリルムと自分達を繋ぐテープを断ち切っていきます。儀式に入る前に、繋がりが切れても絆が残るというメルビの言葉を確認するマック。断ち切る勇気の炎を担当するマック「リルムへの感謝と愛を胸に、目に見える繋がりを断ち切って絆を永遠のものに・・・」というメルビの説明もわかるし、健全な考え方のようにも感じるのですが、少し怖くもある儀式。こんなふうに人の死に関わる事って、あまりないからかな。

さて、参列者の持つ松明に炎を灯すには、マックを操作してミニゲームのようなものをクリアする必要があります。このまま葬儀を観るものかと思っていたので驚きましたが、楽しんで進めます。 マックの松明を、参列者ごとに違う松明の動きをなぞるように操作するのですが、この動きには『参列者の想い』『リルムへのはなむけの言葉』が託されているそうで、それぞれのボタンにも自然にまつわる意味が割り振られていました。松明に炎を灯す為のミニゲーム埋葬の文化とは違うものの、意味を込めた動作で表すものが起源なんだろうな~なんて思ったりしながら、それぞれの家という細かい単位ごとに作法があるという、古い歴史を持つヌマラとその設定自体に驚きます。

「動きを間違えると想いは届きません」なんて釘を刺す、メルビの突然の厳しさがちょっと笑えますが、参列者の動きを間違わずになぞってから参列者の松明に炎を灯すのがマックの役目。そこからは、ゴンドラを繋ぐテープを、受け取った勇気の炎で参列者自身が断ち切ります。参列者たちがテープを断ち切る流れそうして全てのテープが切れたら、ゴンドラに乗ったリルムは旅立つことができます。『親しいみんなで送る会』という印象通り、結構しっかりリルムとの思い出を語り、マックにも声をかける参列者たちでした。 最後に炎を受け取るのはクック。テープを切った後の松明はどうなるのかな~なんて思っていたら、クックで謎が解けました。最後に炎を受け取ったクック断ち切った想いをしっかり手放すように、海に投げ入れていたんですね。花束みたいにも見えます。瞳を閉じたクックの表情が印象的でした。マックも、リルムに視線を向けると、ぎゅっと目を瞑ってから最後のテープを断ち切るのですが、クックとマックの目を瞑った意味の違いのようなものを感じます。クックはなんとか受け入れられても、マックにはまだ難しそうだな~。ゴンドラで海へと帰っていくリルムを見送るさて、今年に入ってからかな、葬送儀礼の1つである『舟葬(しゅうそう)』をテーマとした、モンガータの旅人よという漫画を読んだのですが、どちらにも不思議と宗教色をあまり感じないのは、土地の生活様式から自然と発生したような印象があるからかな~。

タイトル:ロストオデッセイ

開発: ©ミストウォーカーフィールプラス

販売:©Microsoft

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【台所の引き出し整理】処分したい気持ちvsモヤモヤ。

複数台のモニターとTV、ソファなど家具の出張買取を経て、今年は処分続きです。最近は、長年捨てられずにいた小さい物や、小型家電回収ボックス行きの物の処分が少しずつ進んでいます。壊れて使えもしない祖父のカメラも、やっと処分を決定。祖父母に対するモヤモヤが薄れてきたからかもしれません。汚れも酷いですが1枚。お祖父ちゃんのカメラ続いて、ピラティスのかわりに10月の月間目標入りした『台所の引き出し整理』について。目にする頻度に反して無視を続けた最難関。ほぼ自分しか使わないうえ、何処に何があるか把握できているせいで不便が起こらないからこその現状かと思うのですが、これは、一見汚く見える部屋にも住人なりの秩序があって、勝手に片付けられると訳がわからなくなるような、どこかで見たことのある描写に似ています。

画像上が整理前、下が整理後。画像上から、台所の引き出し整理前後引き出しの中そのままの並べ方です。 減った量がわかりづらいので、処分する物は別に撮影。もっと捨てられると思っていたのですが、今回捨てようと思っていた物は既に捨てていた事を、作業開始後に思い出しました。台所の引き出しから処分を決めた物たちアイスクリームスクープや、手前にある氷用の小刀など、旦那さんに確認が必要な物が幾つかありましたが、無事処分に決定。右奥のマルチツール2本は、1本で済む物に買い替える事に。ひき肉をこねる為だけに使っていたしゃもじは、なぜかちょうど良い具合の仕上がりになるので気に入っていたのですが、ひき肉自体をあまり購入しなくなったので処分決定。改めて確認していて驚いたのが、しゃもじの脇の白いスプーン。『バスクリン』の未使用のスプーンでした。何かに使おうと思っていた気がするのですが、忘れるくらい出番がなかったので処分。

引き出しの中の仕切りは、無印良品の『再生ポリプロピレン入りファイルボックス・スタンダードタイプ・1/2台所引き出しの中の仕分けに使っている無印良品のポリプロピレンのやつ今の住まいの引き出しにはこれがぴったりで重宝しています。深さも奥行きもしっかりあるので、台所以外でも使い易そうで気に入っています。

さて、この地域に越して来てからというもの、他県への引越しが決まった体で、『引っ越す前に○○捨てようかな』と考えるようになりました。我が家の場合、そんなふうに考えなくてもいずれ引っ越すのですが、そうでもして前を向く努力をしないと耐え難いくらい、合わない土地に住む苦しさを体験しています。

この地域で最初に住んだマンションでは、敷地内にある集積所に大型ごみも出せたので、現在の住処である2軒目へ引っ越す前に、桐箪笥、衣桁、文机、姿見、ゲーミングチェア、テレビラックなどなど、結構な数の大型ごみをせっせと処分。同じタイミングで、着物関連も全て処分。テレビラックはブラウン管時代の奥行きがある収納力抜群のタイプで、旦那さんとの付き合いが私よりも長い物でした。クローゼットの中に置いて棚として使い続けていたのですが、捨てやすい場所にいるうちに捨てた方が良いという事に。ごみに関しては地域差が大きいですからね。

地域差といえば、次の引っ越しは他県へ出る時になると思うので、ミニ洗濯機、旦那さんの部屋で使用中のお古の冷蔵庫など、リサイクル法も関わる物の処分もありそう。リサイクル料金の他に収集・運搬料金も発生する電気屋さんと、引越しの際に引っ越し業者さんとではどちらが良いかな。ちょっと高くても電気屋さんの方が適切に処理してくれそうな気もするけれど、何をもって『適切』なのかもわかってないしな~私自身。

購入する時点で相当考える方だと思いますが、まだまだ物があります。最近やっと、細かい物の処分に意識が向いている事が嬉しくもあるけれど、自分の考えでばかり進めるわけにもいきませんから、モヤモヤがつきまとう長丁場に突入したような気持ちです。

捨てたいけれど捨てられない場合、『もし引っ越すなら』と考えてみるのも良いかもしれません。移動にも処分にもお金はかかるし、実際に引っ越すなら荷物が少ないにこしたことはありません。『もしも』という想像力が足掛かりになるとしたら、安上がりで簡単な方法の1つでしょう。

≪10月の月間目標≫の変更にひとしきり悩む。

既に中旬ですから遅いくらいですが、どうにも体調が戻らないので、書きながら新しい月間目標を決めようと思います。『目標はどんどん調整して良い』という考えでいるのですが、変更自体をもう少し早く決定できるようになりたい・・・

さて、中止するのは『ピラティスの実践と記録』。目標を立てた時点では、すぐに回復すると思っていた風邪の症状が思いの外ずるずると続いて、未だに運動できるほどには回復できず。せっかくブログの更新頻度を下げたのに、本来の目的だった記事の修正も進められない有様なので、まずは回復を優先するしかない。

そんな中、今まで中途半端にしてきた事が幾つか頭の中に浮上しています。これは先月下旬からなのですが、どれも諦めのような気持ちもあるからか目標に入れる事が出来ず・・・。残り半月と、期間のハードルが低いうちに目標に入れようかと思いましたが、『台所の引き出し』という最難関の整理に着手して相殺とします。

それにしても、ここ数年の悪循環は未だ収まらず猛威を揮い続けています。どこか怪我をすると治りがけに別の怪我をするといった具合。身体に関係する事を目標に挙げる事自体を控えた方が良いような気さえしてきました。